Atlantis

内容は主にゲームや日常生活ですが、偶に思った事を徒然と書いたりする、ゆるくて雑食な日記です。

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とわグランディオッソ。(!?

語呂が合ってない気がしますがこんばんは。
どうでもいいですけど、「最も小さく」という音楽用語は、ピアニッシシシ(7~8個シが続く)モらしいですね。ストレートでよろしいです(ぁ というか、どんな小ささですか。



最近、家に帰ってきてからののだめカンタービレ(ドラマ)がアツいです。原作通りのドタバタっぷりは、見てて笑えます。というか、竹中直人が素敵過ぎます。良い味出しすぎです。来週も見よっと。


こういうのを見ると、生来モノを作るのが好きなうちは、へたっ(7~8個っが続く)くそでも作曲してみたくなるのです。
落ち着いたら、スコアでも作ってみようかなぁ。その時は、誰か譜面渡すから弾いてくださいね!(ぇ







世界がくだらないと思っているほど、
何故か世界が美しく見える。


世界を見下しているほど、
自分を酷く卑下している。


世界の正体を決め付けるほど、
まだ世界は捨てたものではないと思う。


世界は素敵だと思うとき、
自分はもっと素敵になるのだろうか。


この濁った目で、
世界をもう一度だけよく見ようと思う。






そこそこ前から、「醜い」モノを醜いと思った時、自分の心まで醜くなった気がします。
何と言いましょうか、醜いという表現が頭を過ると、自分の中に醜さが存在する気がするのです。存在するから解る、という感じでしょうか。
(あぁ、別に自分が醜くないとか、そういう無駄な身の潔白を表現しているわけではありませんよ。)

表現を変えますと、世界は自分の心、というと当てはまる気がします。世界の醜い部分が見えると、自分の中の醜い感情が同調して、結果心の中にどす黒いモノが出来ると思うのです。


しかし、何かの調節機能が働いているのか、それを感じた後には、ふとした事で美しさや愛おしさを感じます。それが、自然であれ、子供の笑顔であれ、友達との何気ない付き合いであれ。
そうして、「まだ捨てたもんじゃないね」とか思いつつ、鬱(?)気味の心がリフレッシュされて、また明日が始まります。



汚れたくないと思いつつ汚れていく自分に気付かない事が一番愚かだと思いますので、自分の生活だとか、感情だとか、そういうものにもっと気を配って生きていきたいものです。

まぁ、まだ何かを愛おしいと思う自分の心があるだけ、ましかもしれないと今日だけは自惚れて寝るとします。




・・・すいません、自惚れすぎました(ぁ
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